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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [7]




「つまりは、瑠駆真に誘いを断られた生徒会側がキレたってワケか」
「僕はまだ、断ったワケではない」
「でも、断るつもりだったんだろう? 受ける受けない以前に、誘いを受けて即OKの返事を出さなかったっていう態度自体が、生徒会の怒りを誘ったのかもな」
 瑠駆真に対する廿楽の想いを知らないコウとツバサは、生徒間のプライドと権力のみに原因を求め、事件を理解しようと試みる。
「山脇くんには辛い事かもしれないけど、美鶴はまるで流れ弾にでも当ったようなものね」
 だが、ツバサの言葉にコウが首を捻る。
「でも、あの小童谷って子も君の義妹も、生徒会の役員ではないだろう?」
 コウの疑問に、聡は口の端を吊り上げる。
「無関係ではないぜ」
「え?」
「そもそも、瑠駆真を誘いに来たのはあの二人だ。無関係な人間が誘いに来るはずもないだろう? 生徒会の手先になって、現場担当してる奴らって考えるのが妥当だな」
「生徒会の手先だなんて」
 さすがに咎めるツバサを、だが制したのは意外にもコウ。
「言い方は悪いかもしれないけど、(あなが)ち間違いでもないと思うよ」
 ゆっくりと周囲を見渡し
「気の合う者同士でグループを作るってのは、どこの社会でも、どんな環境でもあり得る現象だ。唐渓の場合はそこに家柄や親の職業なんかが大きく影響してきて、もはやちょっとした派閥みたいなものだね。それはツバサも知ってるだろう?」
 ツバサは、反論できない。病院長を父親に持つツバサが、同じく医者を親に持つ生徒から嫌がらせを受けるのは日常茶飯事だ。
「生徒会も、その派閥の一つと考えたほうがいい。例え生徒会に所属していなくても、同じ仲間として存在している生徒は多い。生徒会の影響力を考えて、この派閥に仲間入りしたがる奴も多い」
 緩もその一人。
「つまり、生徒会からの誘いを断るということは、唐渓において最大の派閥を敵にまわすということになる」
「権力の報復か」
「口に出すと恐ろしいな」
「唐渓は、そういうところだ」
「先生たちは何も言わないのか?」
 瑠駆真の質問に、口を開くのはツバサ。
「唐渓の中では、教師の立場はわりと低いわね。むしろPTAみたいな保護者の方が強いの」
「自分たちの払う授業料が唐渓を支えているって自負してんだろうな」
「保護者の中には卒業生も多いから、教師より唐渓の事情に通じてる親もかなり居るんじゃない? 金銭的にも影響力があるんだから、教師は頭があがらないのよね」
「私立ならでは、だな」
 聡の嫌味を最後に、会話はプツリと途切れた。
 口に出して言ってみれば、なんと恐ろしい学校なのか。それとも、学校とは皆このようなものなのだろうか?
 まだ広い世界を知らない子供たちには、自分たちの置かれた立場を客観的に見つめるための情報も経験も少ない。そしてその経験の乏しさを指摘されると、子供は大人には反論できない。
「僕は生徒会を敵にまわした と言って、もはや間違いはないというところか?」
 瑠駆真の言葉に躊躇(ためら)いながら頷こうとするツバサを、だが聡が手で制する。
「厳密に言えば、瑠駆真が敵にまわした相手は、生徒会ではないと思うぜ」
「え?」
 途端、三人の視線が聡に集まる。
「もっと大胆に予測してみるなら、この件に生徒会や生徒会長なんかは関係ないのかもしれない」
「はぁ?」
 まるで、この数分に四人が口にした言葉をスッパリ否定するかのような内容。生徒会や学校の内事情を口にするツバサやコウの言葉にあれだけ頷きを示しておきながら今さら何を言うのかと、三人は驚きというより少し不満げだ。
「ちょっと待てよ」
「どういうこと?」
 だが、同時に問いかける瑠駆真とツバサにニヤリと笑い、聡はゆったりと胸で腕を組む。
「たぶん、黒幕は生徒会の副会長だ」
「副会長?」
「三年の、廿楽華恩」
「廿楽?」
「え? え? どういう事? ちょっと私、頭こんがらがってきたんだけど?」
 側頭部に右手を当てるツバサは、本当に混乱しているようだ。そんな姿に聡は苦笑し、大きく息を吸ってグルリと三人を見渡した。
「緩は廿楽の手先だ。あいつが家で、携帯で廿楽と話してるのを聞いたことがある」
 そこで一度言葉を切り、口も閉じて視線を落す。
 どこまで、バラして良いのだろうか?
 別に緩に対して情はない。廿楽に対しても(しか)り。だから、廿楽の瑠駆真へ対する想いをここでバラしたところで、別に罪悪も感じない。
 だが聡は躊躇った。
 先ほどの話。ツバサやコウから聞いた、生徒会という存在。
 もし今回、美鶴が自宅謹慎に処せられた件に関して生徒会が、廿楽華恩が関与しているのだとしたら、やはり彼女を無駄に刺激するのは避けた方が良いのだろうか?







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